この記事の著者:広報 上砂 智子
前編では、マニュアルを作るときに最初に決めておくこと(「隠さない」という前提、想定クライシスの洗い出し)と、判断を「型」にする方法をお話ししました。後編は、そのマニュアルを実際に使える道具に変えていくための、演習の話です。
先に、私の実感をひとつ。危機対応は、頭で理解しただけでは使えないスキルだと思っています。楽器やスポーツのように、体を使って繰り返すことでしか身につかないフィジカルな部分が大きく、一朝一夕にはできるようになりません。ただ、裏を返せば、準備を進める過程そのものが、会社の基礎体力を上げてくれるということでもあります。
演習(タイムライン訓練)のやり方 — 書くとわかること
マニュアルができたら、次にやりたいのは演習です。マニュアルは実際に使ってみて初めて足りないところが見つかるので、演習を実行して初めて完成すると言っても過言ではないでしょう。
タイムラインに沿って、書面で対応する
以前私が取り組んだのは、危機が起きたと想定して、実際の時間の流れに沿って、その時点で必要になるアクションを実際に行い、「ポジションペーパー」や対応策を書面にまとめる訓練です。ポジションペーパーとは、危機の際に、会社としての公式な見解や立場を整理して、1枚にまとめた文書のことです。
やり方は、次のとおりです。
- 広報は、どんなインシデントが起きたのかを知りません。社内の誰かが事前に想定シナリオを書いておき、当日、広報が初めて中身を知ります(私たちは、印刷した紙を封筒に入れて、その場で開けました)
- 事態が発覚したところから、現実の時間と同じ速度で進行します
- 時間の経過に合わせて、その時点で必要なポジションペーパーや対応の書類を書面で実際に作成したり、時系列に合わせたアクションを一通り演習していきます
「◯時までにポジションペーパーを仕上げないと間に合わない」「◯時までに会見の会場を押さえないと間に合わない」。こうした現実のタイム感を、実際に焦りながら体験することが、この訓練のいちばんのねらいです。
口頭で「こうしよう」と話すだけだと、なんとなく合意したつもりで先へ進んでしまいます。当たり前ですが、書いてみると詳細不明なこと、決まっていないことの多さが明確にわかるようになります。
やってみて見えてきたこと
演習で何より実感したのは、先ほどお伝えした「時間の足りなさ」です。その上で気づいたことが2つあります。
1つ目は、有事は想像以上に頭が働かない、ということです。
決めなければいけないことが山ほどあり、神経がすり減って、思考が止まります。そこで、広報チームの中で、いくつかのターニングポイントごとに、パターン別の作業マニュアルを作っておくことにしました。分岐ごとに「次にやる作業」が決まっていれば、頭を使って考える部分と、作業として淡々と進める部分を使い分けられます。
2つ目は、「ここもフォーマットにできる」というものが、いくつも見つかったことです。
演習で書類を作るたびに、「これは毎回ほぼ同じなので使い回せる」という発見があります。社内への情報発信の文面、問い合わせの記録シートなどです。特に「このタイミングでこういう内容の社内チャット向けの投稿が必要になる」という気づきが多く、これについては広報内部だけで新たにフォーマット集が完成しました。こうしたものは全社で合意を取るような類のものではありません。広報チーム内で準備しておき、当日は状況に合わせて加筆して使うだけで、大幅な時間短縮になります。
演習が会社を強くする
演習でつまずいた箇所は、そのままマニュアルの改善点になります。つまずく → 直す → もう一度やってみる、を繰り返すことで、マニュアルは「書いてあるだけの文書」から「使える道具」に生まれ変わります。
そして、この過程で得られるものは、マニュアルの完成度だけではありません。部署をまたいで危機を想像する経験を重ねることで、会社全体の危機に対する解像度が上がり、基礎的な防御力が少しずつ育っていきます。
まずは広報チームだけで、1日から
とはいえ、いきなり全社を巻き込む必要はありません。おすすめは、まず広報チームだけで、最小限の形で、1日かけてやってみることです。ここで書類の様式や作業の手順の穴を洗い出しておけば、次の段階で他の部署に参加してもらったときに、無駄な時間を使わずに済みます。
その次のステップとして、演習に関わってもらう人を少しずつ増やしていきます。広報だけで実施していた演習に、開発や法務、人事など、現場で事態に対応する立場の人が加わるたびに、新しい視点と、新しい「穴」が見つかります。そして、理想としては、経営が参加する記者会見のトレーニングまでたどり着けるとよいと考えています。
今回お話しした書面での訓練は、取り組みやすい最初の一歩です。擬似的に記者からの質疑応答まで含めて会見を体験する練習は、そのさらに先の段階になります。
次回に向けて
次回は、記者会見をするかどうかの分かれ目はどこにあるのか、そして会見が必要になったとき、広報側は何を準備しておくべきかをお話しします。
