Incident Lake 対談|ClickHouse編(後編)
データとインシデント管理から探る、AI時代のSREのあり方とは
2026/6/3

前編では、SIGQがIncident Lakeのデータ基盤をClickHouseへ移行した背景と、AI企業のインフラを支えるClickHouseの技術的特徴を紹介しました。ペタバイトスケールのデータが日々更新されていく時代に、ビジネスにおける意思決定と運用管理はどのように変化するのでしょうか。本記事では、ClickHouseの共同創業者・CTOであるAlexey Milovidov氏(以下、Alexey)と、SIGQ代表取締役の金築氏による対談の後半をもとに、データによる意思決定を前提にした「AI時代のSRE」について考察します。
本記事は対談記事の後編です。後編は「SIGQはなぜBigQueryからClickHouseに移行したのか」をご覧ください。
インシデント管理とBIの境界を越えて〜Agentic Analyticsが拓く未来
Q. SIGQはIncident Lakeを「インシデント・インテリジェンス・レイヤー」と呼んでいます。従来のインシデント管理ツールと異なる点は何でしょうか。
金築:従来のインシデント管理ツールは、開発者チームの個々の担当者にフォーカスしています。しかし、エラーログの収集や、サーバーメトリクスの収集といった技術的な作業は、インシデント管理という活動全体では、ごく一部分に過ぎません。
最大の課題は、インシデントフロー全体をどのように扱うかだと考えています。インシデント担当者は、ユーザーやサービスへの影響範囲を確認しながら、ビジネスインパクトまで含めて対応を検討する必要があります。これらは、単なるログ分析ではなく、限りなくビジネス判断に近い領域です。
Alexey:そうすると、Incident Lakeが扱おうとしているのは、オブザーバビリティとビジネス分析の組み合わせのような領域だと言えますね。ビジネスメトリクスと技術メトリクスの、両方のデータを扱う必要があるのではないでしょうか。
金築:仰るとおりです。たとえばCRMや契約管理ツールのデータを組み合わせて、SLA違反による影響度を計算するといった使い方になります。
Alexey:これまでは、あらゆるデータソースを横断して分析するために、人間が苦労してSQLクエリを書いていましたが、今後はただ自然言語で質問すれば回答が得られるようになるでしょう。そのために、関連するデータすべてにAIエージェントがアクセスできることが、ますます重要になります。
しかしここで新しい問題が生じます。人間がクエリを書く速度は、速くても1分に1回程度ですが、AIエージェントは1分間に数十回のクエリを簡単に実行します。AIエージェントの登場によって、リアルタイムデータベースの重要性がさらに高まっているのです。
Q. そうしたAI駆動アプリケーションの基盤として、ClickHouseはまさに最適ですね。AIエージェントは、データ分析の世界にも大きな変化をもたらしそうです。
Alexey:このような、AIが分析データベースにクエリを発行して質問に答えるというアプローチは、「Agentic Analytics」と呼ばれています。この方法はBusiness Intelligence(BI)にも応用でき、従来型のBIツールはAIエージェントを組み込まなければ陳腐化しかねないところまで来ています。
同じ考え方は、インシデント対応、RCA(根本原因分析)、セキュリティ調査、ネットワーク監視といったオブザーバビリティの領域にも広がりつつあります。数年前のインシデント対応を思い出してみてください。皆さんは、何千ものチャートとにらめっこしながら異常を探していたと思います。アラートルールを苦労して手作業で設定したら、今度は大量のアラートに悩まされてしまう。ログを調査しようにも、何を検索すべきか見当をつけるところから始めねばならない。そんな作業の連続だったはずです。
こうした作業の多くは、いまやAIエージェントが代行しつつあります。これがAI-SREと呼ばれるものです。プロンプトを1つ投げれば、暫定的な分析や解決策の案が返ってくる。あるいは、プロンプトすら不要で、異常検知から調査、説明、解決までの一連のサイクルをAIが自律的に行うこともあるでしょう。
これからもエンジニアは必要〜AI時代の「人間の意思決定」を支えるデータ
Q. これまでのデータ分析やインテリジェンスには、収集した大量のデータを、意思決定のために適切に活用できないという課題がありました。AIエージェントはこの問題解決の大きな助けになりそうです。しかし、そうなると人間にはどのような役割が残されるのでしょうか。
Alexey:私たちが解決しようとする問題は、より高度になりつつあります。AIのおかげで、些末な問題やインフラの作業に煩わされる必要が減り、私たちはより多くのことに取り組めるようになりました。その結果として、さらに多くのことを行いたいという需要が生まれます。仕事もそれに伴い、より高いレベルでの作業に移行しているのが現状です。
しかしいくらデータを集めたとしても、どう行動するかを決めるのは、結局人間です。AIエージェントは多くの仮説を提示してくれるかもしれませんが、進むべき方向を判断する責任は、従業員やマネージャーといった人間の側に残ります。
ときには、誤った仮説や意味のない回答を除外するために、自分の経験を総動員しなければなりません。AIエージェントは行動のきっかけを与えてくれますが、その方向が誤っていることも少なくありません。たとえばインシデント対応の現場では、経験豊富なSREがプロンプトを与えるとAIは非常にうまく機能します。一方、本番環境での実務経験が乏しい人がインシデントを解決しようとすると、AIの誤った答えをそのまま受け入れてしまいがちです。だからこそ、エンジニアは依然として、これまで経験を活かしつつ、今後も学び続ける必要があるのです。
金築:基本的にAlexeyさんと同じ意見です。何かを決定したら、誰かがその判断の責任を負う必要があります。たとえば、データベースが壊れているので交換しなければならないといった重大な判断を下す場合には、それに見合うだけの大きな責任を負わなければなりません。したがって現状では、特にインシデント管理につきものの難しい意思決定は、人間が行うべきだと考えています。
ただし、その意思決定を行うための支援については、AIは大きな貢献ができます。現代の課題は、蓄積した大量のデータの中から重要なものをフィルタリングし、意思決定を加速させる点にあります。そこでIncident Lakeでは、リアルタイムRAG、意思決定支援、自動レポーティングなど、様々な機能でLLMを活用しています。状況理解を助けたり、判断に必要なエグゼクティブサマリーを生成したりすることで、人間の意思決定を支える役割を果たせるのです。
一方で、LLMにはハルシネーションがつきものです。正確な分析、特にインシデント対応では、ハルシネーションを確実に抑制しなければなりません。さもなくば、顧客からの信頼を損なってしまうでしょう。そのためIncident Lakeはレポート生成や状況の要約にはLLMを使用しているものの、インシデントの重要度の計算などについては、従来型の機械学習も併用しています。
事業を成長させる鍵はユーザーからの信頼獲得にあり
Q.「信頼」という言葉が出たので、ここで話題を変えたいと思います。SIGQは本格的な資金調達を開始するなど、急成長に向けた準備を着々と整えています。そこで参考までにお伺いしたいのですが、ClickHouseは既にグローバルスタンダードと言うべきプロダクトに成長しています。コミュニティの成長の過程でもっとも重要だったことを1つ挙げるとすればなんでしょうか。
Alexey:鍵となったのは、コミュニティに対してオープンであり続け、関わる人々のモチベーションを支えることでした。たとえば私たちのコードベースには世界中からプルリクエストが届きますが、レビューしてみると品質基準を満たしていないこともあります。一般的なOSSプロジェクトであれば、却下したり、修正を求めるだけで済ませるかもしれません。しかし私たちは、すべてのコントリビューターに成長の可能性を見出しています。彼らにモチベーションを与え、積極的に手を貸し、プロジェクトに参加している感覚を味わってもらう。そうすれば彼らは私たちのファンになり、プロジェクトを周囲に広めてくれます。
これは決して簡単な道のりではありませんでした。最初期のコミュニティには、ごく一握りの熱心な人たちしかいない時期もありました。その間、彼らに対して前向きなフィードバックと動機づけを提供し続ける必要があったのです。
金築:そのような熱心な関わり合いが、ClickHouseとそのコミュニティへの信頼に繋がっているのですね。もちろんプロダクトとして優れているのは言うまでもないですが、私たちがClickHouseを選んだもう1つの理由はコミュニティにあります。例えば、ClickHouseの日本メンバーは私たちを積極的に支援してくれましたし、フリークレジットを提供してくれたり、ClickHouseのコミュニティイベントで知見を共有する機会も与えてくれたりしました。何か質問があれば、たいてい1時間以内に迅速に返答してくれます。だからこそ、私たちはClickHouseを信頼しています。こうした信頼性は企業にとって重要な要素であり、特にスタートアップにとっては死活問題です。
私たちSIGQも、形は違いますが、顧客からの信頼獲得の取り組みを重視しています。例えば、SOC2 Type1認証の取得や、研究者としての国際会議での発表もその一例です。
誰もがトヨタのような大企業を知っていますが、小さなスタートアップのことは誰も知りません。だからこそ、顧客との強い関係性が、ビジネスを成長させる上では最も重要です。技術そのものだけでなく、その背後にいる人やコミュニティが、スタートアップへの信頼を形作っていくと、私は確信しています。
最高のビジネスとプロダクトを生み出すために
Q. 最後にお二人から、読者に向けてメッセージをお願いします。
Alexey:現在のAIコーディングでは依然として頻繁な意思決定が求められ、エンジニアがAIをツールとして使う段階にとどまっています。しかし数年後、モデルがさらに進化してコード作成や意思決定の多くを自動化できるようになったとき、何が残るのか。私はプロダクトビジョンとプロダクト戦略だと考えています。これまで企業の競争優位性は「より速く働ける能力」にありました。そのためAIに仕事をアウトソースする時代が来れば、AIの利用コストを負担できる資本量が競争優位性に直結してしまうという悲観的な見方もあります。しかし、より楽観的に捉えるなら、人間は独自に探求すべきものを見つけ、ユニークなプロダクト戦略とビジョンを定義できるはずです。
技術的イノベーションには、決して終わりはありません。新しいことに取り組む機会は、常に見つけることができます。大切なのは、さまざまな選択肢を探索することです。たとえ既存の分野や競争の激しい領域であっても、まだまだ最適化や品質改善の余地があります。最高のプロダクトを開発することは依然として可能であり、それは将来の顧客にも価値をもたらすのです。
金築:AIとデータを組み合わせて活用するのが当たり前になった今、データ鮮度の重要性はますます高まっています。特にRAGを利用する場合は、データの鮮度は死活問題です。だからこそ、私はClickHouseがRAGを構築するための最良のデータベースだと考えています。
もう一度言います。過去10年間、OLAP、OLTPを問わず数多くのデータベースを使い倒してきた経験から、現在の私は迷わず「ClickHouseが最良のデータベースだ」と答えます。 だからこそ、ClickHouseをもっと活用したいですし、日本企業だけでなく世界中の企業にもその価値を共有し、ClickHouseの導入を後押ししていきたいと考えています。
Alexey:それを聞けて、本当に嬉しいです。私たちはそういう言葉を聞くために働いていますから。
Q. 本日はお忙しい中ありがとうございました!
AI時代のSREは「データを読む人」から「判断を設計する人」へ
Agentic AnalyticsやAI-SREの登場によって、原因究明のための調査、サマリ、仮説の検討といった作業は、これから急速に効率化されていきます。一方で、責任を伴う判断、顧客への対応、そしてプロダクト戦略といった領域は、引き続き人間に残ります。これらは、AIが仮説を提示してくれたとしても、最終的には人間が責任を持って引き受けるべき領域です。
SIGQとClickHouseは、その土台となるプロダクトやサービスを通して、今後もAIの力を人間の意思決定に役立てるために貢献していきます。
お役立ち記事一覧



