危機対応の「正解」は状況で変わる ― SCCT(状況的危機コミュニケーション理論)のご紹介

    2026/5/31

    この記事の著者

    代表取締役社長CEO

    金築 敬晃

    SCCT(状況的危機コミュニケーション理論)から学ぶ障害時のコミュニケーション

    インシデントや不祥事が起きたとき、「とにかく謝る」のは正しい対応でしょうか?実は、謝罪が逆効果になる危機の種類も存在します。本記事では、危機広報の世界で最も実証研究が蓄積された理論のひとつ「SCCT」を、日本企業の実務目線で解説します。


    はじめに ― なぜ「謝罪一辺倒」では足りないのか

    システム障害、情報漏えい、製品リコール、従業員による不正。企業が直面するインシデントは多様ですが、日本では危機が起きると反射的に「まず謝罪」という対応に向かいがちです。

    ところが、危機広報の研究では「危機の種類によって有効な対応は異なる」ことが繰り返し示されてきました。自社にまったく責任のない危機(たとえば外部からの攻撃や自然災害)で深々と頭を下げると、かえって「やはり自社に非があったのか」という誤った印象を世間に与えてしまうことすらあります。

    この「状況に応じて最適な対応を選ぶ」という考え方を体系化したのが、本記事で扱う SCCT(Situational Crisis Communication Theory: 状況的危機コミュニケーション理論) です。


    SCCTとは何か

    SCCTは、危機広報研究者のW. Timothy Coombsが2007年に提唱した理論です。その中心的な主張はシンプルです。

    危機対応は、その危機が組織にどれだけの「責任」を帰属され、どれだけの「評判(レピュテーション)への脅威」をもたらすかに合わせて選ぶべきである。

    ポイントは、SCCTが実験にもとづくエビデンス(実証研究)から組み立てられている点です。「経験豊富な広報担当者の勘」ではなく、「ステークホルダーは危機をどう受け止め、誰に責任があると考えるか」を予測し、それに合わせて対応を設計する ― これがSCCTの発想です。

    理論的なルーツは、人が出来事の原因を誰・何に求めるかを扱う 帰属理論(Attribution Theory) にあります。世間が「これは企業のせいだ」と感じれば責任が帰属され、評判への脅威が生まれる。逆に「企業も被害者だ」と感じれば、責任の帰属は弱まります。


    ステップ1:評判への脅威を測る ― 3つの要素

    SCCTでは、まず危機が自社の評判にどれだけのダメージを与えうるか(=評判への脅威)を見積もります。脅威の大きさは、次の3要素で決まります。

    1. 初期の危機責任(Initial Crisis Responsibility) ステークホルダーが「この危機は企業のせいだ」とどれだけ強く考えるか。後述する危機の「種類」によって、おおよその水準を予測できます。

    2. 危機の履歴(Crisis History) 過去に同種の危機を起こしていないか。繰り返している企業は、責任の帰属が強まり、脅威が増幅します。

    3. 過去の関係性・評判(Prior Relational Reputation) これまでステークホルダーをどう扱ってきたか。普段から不誠実な対応をしてきた企業は、いざというとき厳しい目で見られます。

    つまり、まったく同じ危機でも、過去の行いによって受ける打撃は変わるということです。普段の信頼の積み重ねが、危機時の「貯金」になります。


    ステップ2:危機を分類する ― 3つのクラスター

    Coombsは危機を、責任の帰属度合いに応じて3つの「クラスター(群)」に分類しました。自社の危機がどこに当てはまるかで、評判への脅威の水準が見えてきます。

    クラスター

    責任の帰属 / 脅威

    概要

    危機の例

    被害者クラスター

    弱い / 軽度

    組織自身も被害者と見なされる

    自然災害、悪質な風説・デマ、職場暴力、製品への異物混入(外部犯)

    偶発クラスター

    最小限 / 中程度

    組織の行為が原因だが、意図的ではなく偶発的と見なされる

    第三者からの不適切運営の指摘、技術・設備の故障による事故や製品被害

    意図的クラスター

    強い / 深刻

    組織が知りながら人々をリスクにさらした、または不正を行った

    ヒューマンエラーによる事故・リコール、法令違反、経営陣の不正、利用者を欺く行為

    日本企業の例に置き換えると、

    • 被害者クラスター:取引先を装ったサイバー攻撃で顧客データが流出、ECサイトが第三者のなりすまし被害に遭った、など。

    • 偶発クラスター:ベンダーのシステム障害に起因する大規模サービス停止、設計上は問題ないが想定外の使い方で起きた製品トラブル、など。

    • 意図的クラスター:検査データの改ざん、不適切な会計処理、安全基準を知りながら出荷を続けた、など。

    ここで重要なのは、意図的クラスターに近づくほど、世間は「怒り」を感じやすく、被害者クラスターに近いほど「同情」が生まれやすいという点です。そして感情は、不買・解約・SNS炎上といった具体的な行動につながります。


    ステップ3:対応戦略を選ぶ ― 否定・縮小・再構築

    評価が終わったら、いよいよ対応戦略です。SCCTは主たる戦略を3つのグループに整理しています。責任の帰属が強い危機ほど、より「責任を引き受ける」戦略が必要になります。

    ① 否定(Deny)戦略 ― 責任を切り離す

    危機と組織の結びつきを断ち切る戦略です。風説・デマや、根拠のない言いがかりに対して有効です。

    • 告発者への反論:主張する個人や集団に異議を唱える

    • 否認:危機は存在しないと表明する

    • 責任転嫁(スケープゴート):組織外の者に原因を帰す

    ※ 自社に本当に責任がないと立証できる場合にのみ機能します。責任があるのに否定すると、後で致命傷になります。

    ② 縮小(Diminish)戦略 ― 関連や深刻さを和らげる

    「見た目ほど悪くない」「意図的ではなかった」と理解してもらう戦略です。信頼できる証拠で裏づけることが前提条件です。

    • 弁明:意図やコントロールの欠如を示し、組織の責任を最小化する

    • 正当化:被害の深刻さを和らげて説明する

    ③ 再構築(Rebuild)戦略 ― 評価を立て直す

    責任の帰属が強い危機で必要になる、最も踏み込んだ戦略です。被害者への実質的・象徴的な支援と、許しを請う姿勢で評価を立て直します。

    • 補償:被害者に金銭やその他の補填を提供する

    • 謝罪:組織が全責任を引き受けることを表明する

    補助戦略:支援(Bolstering)

    上記を補強するための副次的な戦略です。主戦略の代わりにはなりません(あくまで補足)。

    • 想起:過去の善行をステークホルダーに思い出してもらう

    • 歓心:ステークホルダーを称賛する

    • 被害者性の強調:組織自身も危機の被害者であることを伝える

    戦略選択の早見表(SCCTのガイドライン)

    危機の状況

    推奨される対応

    危機が軽微で、責任帰属がほぼない

    ベースラインである「情報提供」と「適応情報「の提示のみで十分なことが多い(追加の補償や謝罪は不要)

    風説・デマ、言いがかり

    否定戦略

    責任帰属が弱い〜最小限(被害者・偶発)

    縮小戦略を中心に

    責任帰属が強い(意図的)/ 危機履歴がある

    再構築戦略(補償・謝罪)

    そして、一貫性を保つこと。否定戦略と縮小・再構築戦略を混ぜると、メッセージが矛盾して信頼を損ないます。


    日本企業がSCCTを使ううえでの3つの注意点

    理論をそのまま輸入するのではなく、日本のビジネス慣行に照らして読み替えることが大切です。

    1. 「とりあえず謝罪」を見直す

    日本では誠意の証として早期謝罪が好まれますが、SCCTの観点では謝罪(=全責任の引き受け)は再構築戦略であり、責任帰属が強い危機向けの手段です。被害者クラスターの危機で全面謝罪すると、ありもしない責任を自ら認めた印象を与えかねません。「遺憾の意」「お見舞い」と「謝罪」は質的に異なる、と意識して言葉を選びましょう。

    2. ただし、社会の感情を軽視しない

    一方で、日本の世論やメディアは「説明責任を果たす姿勢」を強く求めます。法的責任がない局面でも、被害を受けた人への共感・お見舞いを示す(縮小戦略+支援戦略)ことは、炎上の抑制に有効です。「法的に正しい対応」と「感情的に納得される対応」のバランスが鍵になります。

    3. 普段の信頼が「貯金」になる

    評判への脅威は危機履歴と過去の関係性で増減します。日頃から誠実なステークホルダー対応を積み重ねている企業ほど、危機時に同情を得やすく、回復も早い。危機広報は「危機が起きてから」ではなく「平時から」始まっています。


    Incident Lakeでの実践 ― 理論を現場に接続する

    SCCTは抽象的な枠組みですが、インシデント管理の実務に落とし込むと、初動の質が大きく変わります。Incident Lakeを活用する際の接続ポイントを挙げます。

    • インシデントの「分類」を構造化する

      インシデントの起票時に、被害者/偶発/意図的のどのクラスターに該当しうるかをタグや属性として記録しておくと、広報・法務・経営の判断スピードが上がります。原因がヒューマンエラーか技術故障か外部要因かは、まさに責任帰属を左右する分岐点です。

    • タイムラインと事実関係を一元化する

      縮小戦略・再構築戦略はいずれも「信頼できる証拠」が前提です。何がいつ起き、どう対処したかのタイムラインを正確に残すことが、後の対外コミュニケーションの説得力を担保します。

    • 過去インシデントを資産化する

      危機履歴は評判への脅威を増幅させる要因です。過去の類似インシデントと対応を検索・参照できる状態にしておけば、「繰り返さない仕組み」を示す再発防止の説明材料になります。ナレッジとして蓄積することが、次の危機の「貯金」になります。

    • 対応の一貫性を担保する

      SCCTが警告する「戦略の混在」を防ぐには、関係部門が同じ事実認識と方針を共有していることが不可欠です。インシデント情報を関係者間で同期させることが、矛盾したメッセージの発信を防ぎます。


    まとめ

    • SCCTは「危機対応の正解は状況によって変わる」ことを実証研究で示した理論。

    • まず 評判への脅威(初期責任・危機履歴・過去の関係性)を見積もり、危機を 3つのクラスター(被害者・偶発・意図的)に分類する。

    • そのうえで 否定・縮小・再構築(+補助としての支援)から、責任帰属の強さに見合った戦略を選び、一貫性を保つ。

    • 日本企業は「謝罪一辺倒」を見直しつつ、社会の感情にも配慮するバランスが重要。

    • そして危機対応は平時から。インシデント情報を正確に記録・分類・蓄積しておくことが、いざというときの最善の備えになります。


    関連資料

    • Situational crisis communication theory

    • Coombs, W.. (2007). Protecting Organization Reputations During a Crisis: The Development and Application of Situational Crisis Communication Theory. Corporate Reputation Review. 10. 163-176. 10.1057/palgrave.crr.1550049.

    この記事の著者

    代表取締役社長CEO

    金築 敬晃

    株式会社SIGQ 代表取締役

    筑波大学大学院修了、専門はデータベースと分散システム。
    AI時代に必須となる、運用データという非構造化・リアルタイムな情報を扱うエンジニア。
    新卒で株式会社マネーフォワードに入社。ベトナム拠点への出向を含め、海外を含む開発現場でマネジメントや開発に従事。
    2022年に株式会社プレイドに入社し、Platform Engineeringを担当。大規模分散データシステムの開発に携わる。
    2024年に株式会社SIGQを設立。

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